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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)497号 決定

抗告人 山田吾郎(仮名)

相手方 山田明子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は別紙のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

当裁判所は抗告人が原審判主文記載のとおり履行する義務あるものと判断するものでその理由は同審判理由に記載するところと同一であるからこれを引用する。

右主文第一項の内容は、法律上の義務たることは明かであり、かような義務の存否について争があり、それが裁判所に持ち出された以上、その存否を審査し確定することは裁判所の任務である。義務の存否が裁判所によつて有権的に確定されれば、これに任意に従うことも全く期待し得られないことではなく、裁判を受ける利益がないとは断じ得ないのである。強制執行のできない内容だからとて審判の対象とすることができないものではない。主文第一項のように命することはなんら違法ではなく、抗告理由第一、二点は採用できない。

また本件においては相手方は抗告人方に復帰することを望んでいるのを、抗告人が拒否していることは、原審判認定のとおりであり、右相手方の申出が単なる空言とは認められないのであるから、抗告人にこれに対する協力を命じたのは当然である。嫁入道具を一時相手方実家に引取つたことも右の判断を左右するものではない。抗告理由第三点も採用できない。

また法律上の婚姻関係が継続している以上夫婦相互に必要な程度の扶助をし合うことは法律の要求するところで一時夫婦が別居していても右義務に影響はない。相手方は現在無職で収入のないものであり、別居するようになつたことについては抗告人は忍耐の不足であつたことも一因と認められるから原審認定程度の生活費支払の責は免れない。別居中将来両者の収入境遇に変化があればこれに応じ右支払額の変更の申立ができると解せられるが現在何らこれを変更すべき原因は認められない。抗告理由四点も採用の限りでない。

すなわち本件抗告は理由がないから主文のとおり決定する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 浅沼武)

抗告理由書

一 審判は判決と同様其の確定したる上は強制執行の対象となるものがあるところであるが主文第一項は強制執行の対象となり得ない然らば主文第一項は道徳律としては認容さるべきではない。この点からも主文第一項は取消を求むるものである。

二 巳に第一項は違法の審判である以上この第一項の申立人の同居を前提としてなされた第二項の審判も亦違法であるからこれまた取消しを求むるものである。

審判の主文第一点は前述の通り「相手方はなるべく速かに申立人と同居し互に協力し扶助し合うこと」と述べて三あるかこの同居は何処においてなすことを期待するのか同居の主体をいづこにおくのか其の婚姻は抗告人方に被抗告人が入家したのであるか審判書の理由によれば両者の婚姻継続は困難と推察すると述べておるか主文第一項と背反して殆不可能と思量するので第一項は事実上からも取消しを求むるものである。

民法第七百五十二条は「夫婦は同居し互に協力し扶助しなければならない」と規定している。其の条文を素直に読下すれば夫婦は先づ同居し互に扶助し協力しなければならないことを命じられたことは疑の存しないところであるが審判書は別居を前提とし「相手方はなるべく速かに申立人と同居し互に協力し扶助し合うこと」として両性の平等にもとづき等しく両者に負はしめた同居し協力扶助すべき義務を相手方たる抗告人にのみ負わしめておることは明らかに法律の規定にもとる審判である。

この審判を事実の上からみるに家庭裁判所の事実調査の結果として述べておる(六)には昭和三二年四月八日の当裁判所の調停期日において勧告に基き申立人に対して同年四月十四日頃嫁入道具の引渡をしたことと明記されているがこの嫁入道具の引渡しは離婚又は少くとも別居を是認することを前提としての所為であることは何人も疑わないところであるのに一連の期日において初めには離婚乃至少くとも別居を前提とする嫁入道具等の物件引渡しを勧告し別居を容認しその継続した期日には同居し互に協力し扶助し合うことを一方の当事者にのみ命することは彼是矛盾を来たしておることであつて審判書主文第一項は事実上からも抗告人の断じて承認し得ないところである。

四 審判書主文第二項は「相手方は申立人に対し右同居に至るまで婚姻費用の分担として昭和三十二年三月二十六日より一ヶ月三千円の割合による金円を毎月末日限り申立人の現住所に送金又は持参して支払うこと」と審定しておるがこの審定は民法第七百五十二条の夫婦の同居を命し而して民法第七百六十条に依つて婚姻費用の分担を規定したものでこの所謂婚姻費用の分担は両性の平等の下において婚姻関係の継続維持のために認められた規定であつて巳に事実上夫婦関係は破綻し単に戸籍上夫婦であると云う形式のみの夫婦に立脚して処断すべき規定ではない若し離婚の前提として実家に戻つておる妻女に対して戸籍上夫婦であるとの一事を以て相手方に対し何等労働力の協力も精神的の協力をしないで他方相手方より扶助だけ受くることに帰し実家に戻つておる妻女に徒食を奨励することとなり抗告人の承認することの出来ないところである。

尚第一項は強制力は持たす而して第二項においては同居の出来るまで支払へと云うことでは一体何時の日まで婚姻費用として負担する義務を持つのか換言すれば当方か事実を把握しない限りひそかに相手方が内縁の夫を以ても尚且つ月三千円の負担をしなければならないのか而して第一項は強制か出来す第二項は普通債権として強制を受けなければならないかを思うとき本審判は抗告人の承服し得ないところである。

参照 (前橋家裁 昭和三二(家)一四五九号 申立人 山田明子 相手方 山田吾郎)

主文

相手方は、なるべく速かに申立人と同居し互に協力し扶助し合うこと。

相手方は申立人に対し右同居に至るまで、婚姻費用の分担として昭和三十二年三月二十六日より一ヵ月金三千円の割合による金員を毎月末日限り申立人の現住所に送金又は持参して支払うこと。

理由

申立の趣旨並にその実情の要旨は別紙の通りである。

これに対し相手方は申立人と同居する意思は全く存在しない。

申立人は嫁として又妻としての社会一般人の持つべき常識を欠き夫たる相手方に対し又相手方の両親に対し時に狂暴性を発揮するので申立人と夫婦として生活して行く見込はないので離婚を求めると述べた。

当裁判所の事実調査の結果によれば次の事実が認められる。

(一)、申立人は亡桐山豊一とあき(現在○○市○中学校教員)との長女として昭和八年一一月○○日出生し昭和二九年三月○○短期大学被服科を卒業し開放的な家庭環境の下に自由奔放に成長し明朗な女性であること。

(二)、相手方は山田弘司(五九才戦傷による身体傷害者、現在衣類行商を営む)とつる(五五才)との長男として昭和二年一一月○○日出生しつつましやかな家庭環境の下に成長し○○工業専門学校機械科卒業後昭和二九年四月一日○○鉄道株式会社自動車局○○工場に設計係として勤務し昭和三二年五月現在手当等を含めて月額一万四五千円程度の実収入があり父母並に妹二名を扶養し、その性格は申立人と対蹠的で理知的であること。

(三)、申立人と相手方とは申立人の親戚にあたる高山鉄夫の媒酌により昭和三一年四月○日見合、同年四月○○日樽入れ、同年一一月○○日結婚式を挙げ同年一二月○○日婚姻の届出を了したこと。

(四)、相手方の一家は経済的の余裕のないところから申立人を嫁として迎えるにあたり申立人の学歴等よりこれに対して過大の経済的期待をかけたがその期待が満たされぬところから失望し申立人の性格等と相まつて申立人と相手方並にその家族との間に葛藤を生じさしたる事由もないのに相手方は同年一二月三一日頃申立人との離別を決意し、昭和三二年一月○日頃相手方の母つるから申立人に対し離別の申出あり、爾後申立人は実家にあつて生活しており、相手方は申立人の復縁の申出に耳をかさず現在に至つていること。

(五)、申立人は現在未だ就職せず実家にあつて申立人の母あきの収入(月収二万円)によつて祖父山下大作の庇護の下に生活していること。

(六)、申立人の申出により相手方は昭和三二年四月八日の当裁判所の調停期日における勧告に基き申立人に対し同年四月一四日頃嫁入道具の引渡をしたこと。

以上認定の各事実を綜合すれば相手方は現在申立人を呼寄せ直ちに同居させることについて困難な事情にあることは推察するに難くないのであるが、しかし申立人と夫婦である以上速かに同居に困難な事情を打開して申立人と同居し互に協力し扶助し合う義務ありといわなければならない。又同居に至るまで申立人の生活費の一部を婚姻費用の分担として負担する義務ありといわなければならないのであるが、その負担額について考えてみるのに申立人はその母等と共に生活しその生活状態も急迫した状況にあるとは認められないが少くとも第一回の調停期日たる昭和三二年三月二六日以後相手方が前記勤務会社から家族手当として支給されている金一五〇〇円(昭和三二年六月二六日附調査報告書)に金一五〇〇円を加算した合計金三〇〇〇円の割合による金員を申立人の生活費の一部として申立人宅に送金又は持参して支払うことが相当であると判断する。

尚念のため附言すれば申立人は相手方に対し昭和三二年一月○○日以降の過去の婚姻費用の分担をも請求しているが、扶養科(婚姻費用の分担を含む)に関し家事審判法上の乙類審判事項として家庭裁判所の管轄権の対象となるのは義務の履行を請求した時を標準として将来に対する扶養等の処分であつて過去の扶養料等の数額の確定は民事訴訟事項であつて審判事項でない(但し過去の扶養料等も家庭裁判所の審判による将来の扶養料額決定について斟酌されることにはなるであろう。)と解する。

よつて主文の通り審判した。

(家事審判官 高野一郎)

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